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最高裁判所第三小法廷 昭和29年(あ)174号 判決 1956年9月25日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人浜田虎熊の上告趣意第一点について。

(1) 原判決が肯認した第一審判決において(一)「各出張所管内に於て鹿児島県が施行する土木工事」と判示しているのは、普通地方公共団体の長である鹿児島県知事が施行する土木工事及び法律又はこれに基く政令によりその権限に属する国の土木工事(昭和二七年法律第三〇六号による改正前の地方自治法一四八条、一四九条参照)のことであること、及び(二)被告人の職務に関係ありとせられた(イ)本城川堤防工事、雄川災害復旧工事及び姶良川堤防復旧工事はいずれも河川法による修築工事であり、(ロ)大根占、内之浦線道路改良工事、山川駅下護岸工事及び喜入村前道路災害復旧工事は、いずれも道路法による修繕、維持工事であって、すべて同県知事が国の機関として管理、施行したものであることは、同判決挙示の証拠資料及び右地方自治法の規定に徴して明らかである。されば原判決が地方自治法一四七条の規定を援用した点は妥当ではないが、被告人が判示の時期に同県技術吏員であって判示各土木出張所長として管内において前記土木工事について請負人の指名入札人推薦、入札、施行監督その他判示の事項を処理する職務を担当していたことを認定判示していて、判示にいわゆる「県が施行する土木工事」とは冒頭説示の如き県知事が国の機関として施行管理する土木工事の趣旨であると解せられる以上、原判決には未だもって所論のような法令解釈の誤による判決に影響すべき事実誤認ありというを得ない。

(2) 地方自治法一七三条は地方公共団体の技術吏員は事務でなく技術を掌ることを定めていること所論のとおりであるが、原判示のような土木工事について請負人の指名入札人推薦、入札、施行監督、竣工下検査又はその立会に関する事項はもちろん、これと密接の関係ある工事金の仮払、支払交付等に関する事項を処理するには、土木工事に関する専門技術家的見地から請負人の能力、その仕事の適否を鑑識し或は仮払の要否等を判断するための工事関係の事情を鑑識する必要があることが多いから、これらすべての事務を処理することは技術吏員の職務範囲に属するものと解するのを相当とする。従ってこの点に関する原判決の説示は正当であって何ら所論のような違法あるものではない。

(3) 鹿児島県の本件各土木出張所は地方自治法一五八条三項(その後の改正によれば五項)、一五条一項の規定に基き同県知事がその権限に属する事務を分掌させるため、昭和二二年第一六号鹿児島県土木出張所設置規則をもってこれを設置したものであること明らかであるから、法律上根拠があるものである。原判決が右土木出張所の設置は同法一五六条一項による旨を判示している点は当を得ないけれども右は判決に影響を及ぼすものではないから、原判決には所論のような違法ありというを得ない。

論旨はいずれも理由がない。

同第二点について。

鹿児島県土木出張所設置規則は前点(3)に説示する地方自治法の規定に基いて定められたもので法律上の根拠あるものであり、所論鹿児島県土木出張所処務規則も右規則に伴ない出張所設置の目的達成のため同様法規に従い定め得べきものであること明らかであるから、同処務規則が法律上の根拠のない違法のものであるとの論旨は理由がない。

次に本件各土木工事は同県知事が国の機関としてこれを管理、施行したものであることは前点(1)において説示したとおりであり、被告人が判示の時期に、判示各土木出張所の所長として本件各土木工事について請負人の指名入札人推薦その他判示の事項を処理する職務を担当していたことは同県総務部長作成「県吏員の身分等調査について」と題する書面、同県土木部長作成の崎山副検事宛「土木出張所長の職務権限について」と題する書面、同公判調書中の証人島崎保の証言記載その他の第一審判決挙示の証拠によりこれを認めることができるから、これを肯認した原判決には何ら所論のような違法も事実誤認もない。論旨は理由がない。

同第三点について。

記録によると、被告人は昭和二七年一月二五日逮捕され、同月二八日勾留状の執行を受け、同年二月一九日付保釈許可決定により同月二〇日釈放せられ、即日又逮捕され、同月二一日勾留状の執行を受け、同月二三日即ち逮捕後二九日にして検察官に対し本件公訴事実全部を自白するに至り、同月二六日付保釈許可決定により即日釈放せられたものであること明らかである。しかし、本件事案の犯罪事実が約二年間に亘り六個の工事に関し四名より八回に賄賂を収受したということなど、事案の内容、手続の経過その他本件における諸般の事情を勘案すれば、所論昭和二七年二月二三日附被告人の検察官に対する供述調書に示されたところの、被告人が同日検察官に対してした自白は未だもって憲法三八条二項にいわゆる不当に長く拘禁された後の自白というに足りないこと当裁判所判例(昭和二二年(れ)三〇号同二三年二月六日大法廷判決、集二巻二号一七頁参照)の趣旨に照らして明らかである。従って右自白調書を証拠として犯罪を認定した第一審判決及びこれを肯認した原判決は憲法三八条二項又は刑訴法三一九条一項に違反するということはできない。論旨は理由がない。

弁護人田平藤一の上告趣意第一点について。

原判決の肯認した第一審判決が被告人に対する判示第一の(一)ないし(六)の事実の証拠に採用している被告人の検察官に対する各供述調書、各相被告人の検察官並びに検察事務官に対する各供述調書が所論のような肉体的、精神的強制による自由意思に基かない自白の調書である事実は記録上認めることができない。(右各供述調書中被告人及び相被告人が第一審公判で証拠とすることに同意しなかったものについては同公判で証人として取り調べられたその作成者たる副検事崎山信雄、検察事務官橘木時義はこれらの供述が任意になされたことを述べている。)されば所論違憲の主張は前提を欠き採ることができない。

同第二点について。

所論は単なる法令違反の主張であって刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。〔被告人が収受した賄賂合計金四六万円は本件起訴前被告人自ら費消したこと第一審判決挙示の証拠により明らかであって、この賄賂を費消と共にその利益を享受し終りもはやこれを没収することができなくなった訳であるから、所論のように被告人が後日賄賂と同額の金円を贈賄者に返還したとしても、それは賄賂そのものの返還ではないから被告人は刑法一九七条の四後段により同金額を追徴される責を免れないこと当裁判所の判例に徴しても当然である(昭和二四年(れ)第一六九七号同年一二月一五日第一小法廷判決、集三巻一二号二〇二三頁参照)。原判決には所論のような違法はない。〕

また記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

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